対Virus戦争::新型インフルエンザとの同居生活

警告:生物災害の危険あり

おはよう諸君。世間では真夏も過ぎて秋がどうたら食中毒がどうたらいう季節のようであるな。
だがっ!我が研究所でそういう空気は一切無視して皆そろそろ忘れかけているであろう新型インフルエンザ対策についての研究が進行しつつある。
この記事はその研究内容に関するものであるが、いつもの与太話ではなく極めて珍しい事に真面目に調査・研究などした結果を踏まえたものであり、現実に目の前にある危機に関するエントリなのでそこら辺は留意して欲しい。

いささか古い記事ではあるが、まずは以下に引用する記事を読むべし。出来れば原文も全部。

――高病原性鳥インフルエンザについては、今年1月に放映されたNHKの番組(NHKスペシャル「シリーズ最強ウイルス」1月12、13日放映)などでやっと一般にも認知されるようになってきましたが、その実態についてはまだまだ情報の周知が徹底していないようです。まず、「そもそも鳥インフルエンザとはなにか」から説明をお願いできますか。

田代:わたしは約20年前から鳥インフルエンザの研究をしてきました。鳥インフルエンザウイルスは、トリを宿主とするウイルスで、基本的にトリの腸管で増殖します。ウイルスに感染したトリにはあまり激しい症状は出ません。わたしが研究を始めたころは、鳥インフルエンザは鳥に特有の病気で、ヒトに感染することはないと思われていました。

ところが1997年に香港で18人が鳥インフルエンザに感染し、うち6人が死亡するという事件が起きました。この時は香港の防疫担当者だったマーガレット・チャン現世界保健機構(WHO)事務局長が、香港で飼育されていた鶏130万匹を殺処分するという大英断を下して、感染拡大を食い止めました。

この時のウイルスが、現在問題になっている強毒型のH5N1ウイルスでした。強毒型ウイルスによる世界的大流行、すなわちパンデミックが現実味を帯びてきたのです。

http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/interview/90/

どうだろうか?
中には"またこれか。もう見飽きたわ。"という者も居るだろう。
だが、以下のデータを見てよく考えて見て欲しい。

http://homepage3.nifty.com/sank/index.htmlにも記載されているWHO公式集計データ(2008年6月19日時点)によると、これまでの鳥インフルエンザ(H5N1)による感染者数/死亡者数は感染者数385死亡者数243。243/385≒0.631。
つまり感染した場合の死亡率63.1%である。
上記のデータに含まれる感染者達はその時点・その国家で成し得る最高の医療措置を受けているものが多分に含まれるので63.1%という数字が実際に感染が拡大した場合の死亡率に等しいわけではない。*1このため、実際に"今すぐ"大規模感染・いわゆるPandemicが起きた場合の死亡率は更に高くなる可能性がある。*2
このように殺傷能力の極めて高い疾病が毎年流行するインフルエンザに匹敵する感染能力を獲得した場合、恐るべき大災害に発展するのは想像に難くない。

単純な死亡率をみてギャーギャー騒いでみても単なる恐怖煽り記事と何も変わらない
では、このデータがどのような現象を意味しているのか。この点について検証してみる必要がある。

実際にパンデミックが発生した場合でも全ての者が感染するわけではなく、当然感染しない者もいる。
そこで感染率が如何ほどになるかという事が重要になる。
現在までの感染者数が累計で3桁と少数に留まっている理由は皆知っているように鳥を主なターゲットとするVirusが病原体である疾病であり、人間は現在そのターゲットになっていないからであるが、これまでの研究によって徐々にではあるが人間をそのターゲットとすることが可能な方向に向かってVirusが変異しつつある事が判明している。
とは言え、パンデミックを起こし得る能力を持ったVirusはまだ登場していないので実際にどれくらいの感染力があるのかは現在流行中のインフルエンザ(ヒト型)から推定するしかない。一応どちらもインフルエンザであり同系と言えるのでH5N1等のトリ型が人間に対する感染能力を持つ場合も従来のヒト型とほぼ同じ程度持つと考えて差し支えはないであろう。
各機関が行われている過去のパンデミックを参考にしたシミュレーションについて例の記事が言及しているので以下に引用してみる。

――NHKの番組では米国の取り組みが進んでいるとして紹介されていましたが、米国ではどの程度の被害を想定して対策を立てているのでしょうか。

田代:米国の保健省が昨年大手メディア向けに行ったカンファレンスでは、感染率20〜40%、致死率20%ということでした。

オーストラリアのシンクタンクであるロウイー研究所が出した推定では米国では死者200万人が出るとしています。日本は人口密度が高くて米国よりも条件が悪いので死者210万人です。しかし、ロウイーの推計はスペインインフルエンザのような弱毒型ウイルスに対してのものです。

H5N1のような強毒型ウイルスがパンデミックを起こした場合、どの程度の被害が発生するのかについて、きちんとした推計はまだ出ていません。

実際にはどの程度の被害を想定すべきなのか。そこで米国が想定している致死率20%を採用し、感染率を中間の30%として、日本の人口1億2800万人を掛けてみてください。米国の見積もりを採用すると、なんの対策もなしにパンデミックが起きると日本では768万人が死亡するという数字が出てきます。感染率を25%としても、600万人以上の死者が出るということになります。

――第二次世界大戦の2倍以上の死者が出るということになりますね。

田代:スペインインフルエンザの時と同じく、全く無防備のままで強毒型のH5N1ウイルスによるパンデミックを迎えると、こういう事態が起きるということです。これは社会崩壊を意味すると考えていいでしょう。

しかも現在は交通機関が発達しています。米国のカンサス州で最初の流行を起こしたスペインインフルエンザがオーストラリアに上陸するのに1年かかりました。現在はこんな時間的猶予はないでしょう。ひとたびパンデミックが発生したら1週間程度で全世界に広がると考えておかなくてはなりません。

ここで想定されている死亡率が統計から出てくる数値より低いのは現段階で構築中の防衛体制が一定の成果を挙げるか、または強毒性のために患者はすぐ死に(弱毒型に比して)Virusをあまりバラ撒かないなどという事を期待しているのではなかろうか。*3
それはともかく国内での死者600万と言われても感覚的には分かりづらいであろうから、人口に対する死亡率に直してみる。
感染率*死亡率=0.2*0.3=0.06
即ち全人口の6%が失われる事になる。ちなみにスペインインフルエンザの場合の感染率は48%であった事から高いほうの予測で感染率40%を採用すると全人口の12%が死亡する事になる。
(一番無茶な設定かもしれないが誰も何も感染対策をせず、スペインインフルエンザと同じ感染率48%で現状の平均死亡率63%であった場合は全人口の30%が死滅するなどというSFみたいな数字になるので敢えてこの辺には目を瞑ろう。)

最初の6%で考えてみた所で、これはもう首都圏の駅で出勤ラッシュ時間帯に改札に向かって手榴弾を投げ込むとか都市の密集区域に無差別に250kg爆弾を何箇所も落とすとかそういうレベルの騒ぎである。
つまり新型インフルエンザ対策とは疾病対策というより戦争なのだ。
これは大袈裟でもなんでもなく、国家安全保障対策の対象となり得る現象である事は記事でも言及されているし、CDCのサイト等みてもそれははっきり読み取れる。

安全保障の一環として対策を進める米国

――米国はどこまで準備を進めているのでしょうか。

田代:米国は、はっきりと強毒型のH5N1ウイルスによるパンデミックを安全保障の問題だと認識しています。テロや核戦争と同じ、国家の危機という位置づけで、どうやって国民を守り国力を維持するかの対策に予算を注ぎ込んでいます。

CDCは、日本では保健所の大きいものというイメージで見られているでしょうが、実態は軍とともに、衛生保健面で米国という国の安全保障を司る組織です。日本の保健所とは全く組織の性格が異なる、疾病に対して攻撃的な姿勢を持つ軍隊に似た組織なのです。

――スペインインフルエンザでは軍隊が流行の発信地となりましたが、米国は国防総省も含めてパンデミック対策を組んでいるということでしょうか。

田代:米国防総省がなにをやっているかは外からは分かりません。しかし、当然のことながら相当の予算を注ぎ込んで対策を行っているはずです。現在米国は毎年約9000億円をパンデミック対策に注ぎ込んでいますが、表に出てこない国防費からの支出を考えるとこれだけでは済まないでしょう。表から見えるのがすべてだと思ってはいけません。

在日米軍を含む在外派遣軍を、パンデミック時にどのようにして米本土に撤収するかという行動計画も、当然のことながら策定済みのはずです。

米国は、国民に対して、新型インフルエンザに関する知識の周知徹底や籠城のための家庭備蓄の呼びかけを行う一方、事前に用意できるプレパンデミックワクチンの備蓄、全国民分のワクチンを半年で製造し、定めた優先順位で順次接種していく体制の整備を着実に進めています。

この記事を読んだ者は家族・友人・職場の同僚の人数を思い出すべきである。
そのうちの6%が消えるとはどういう事なのか考えてもらいたい。

パンデミックというのは全世界で同時発生する問題であるから誰も無関係ではいられない。
そしてそれが起きるのかどうかではなく既にいつ起きるのかという問題である事も心しておくべきだろう。
以上の点を踏まえてどう行動すべきなのか考え、そして実行する必要がある。

我々が対処しなければならない脅威は何も新型インフルエンザだけではないわけだが、このインフルエンザへの対処を通じて他の危機管理対象に関しても何らかのノウハウが得られるものと我が研究所では考える。
この場合、国家レベルでの対策は各種の他研究機関などで進行中であるし、ここを見るような一般市民には直接タッチできるような代物ではないし*4、いざという現場では個人や数人単位の小規模コミュニティでの行動が基礎的な力となる。
以上の考えに基き我が研究所では数回に分けて「個人でできる新型インフルエンザ対策」について例の日経記事を元に考察など述べてみる事にした。
もし、「それ違うんじゃね?」な事書いた場合はコメントかメールあたりで知らせてもらいたい。
今回は真面目なので。

今回は問題提起というか企画の宣伝みたいなもんであるしあんま長文書いてると疲れるのでこの辺で終わりとす。
興味はあるけど情報足りなくてわかんねー!な者向けに記事にもあったNHK番組の本だけ紹介しておくので読んで予習でもしてみるが良い。

NHKスペシャル 最強ウイルス 新型インフルエンザの恐怖

NHKスペシャル 最強ウイルス 新型インフルエンザの恐怖

あれこれ突っ込みが入るところもないではないだろうが読んで見た感じでは比較的よくまとまっているように思う。
この本と弊社のブックマークの関連エントリなどの情報源を併せて読んでもらいたい。

*1:当然ながらアウトブレイクが確認された後に医療チームが派遣される前、または病院で受診する前に死亡した者も含まれるため、厳密に全てというわけではない。

*2:もちろん対策や研究の進展などの要因により死亡率が下がる事もあるが、その場合のほうが厄介である事もある。そこら辺の事情は引用元の記事に詳しい。

*3:この辺の推定は根拠なし。しかしシミュレーションの死亡率低下も疫学的な知識が不足しているためか根拠不明のまま。

*4:選挙やら何やらを通じての間接的なタッチはあるがそれはおいといて。